財団概要

設立趣意

科学支援のあり方

科学とは知的好奇心に基づく人間の活動の一つであり、本来人々の精神活動を豊かにする文化の一つとして位置づけられるものです。日本では科学と技術が科学技術という一語で語られますが、西欧ではお互いに独立した存在として考えられています。勿論、科学が進歩し、技術へと応用され、逆に技術の進歩が科学の進歩を促進するという関係が益々加速されて来ています。技術の進歩は我々の生活を大きく変化させる時代を迎えており、人間社会の将来を見据えた科学的な思考が益々重要になっています。

日本では歴史的に国立大学・国立研究機関が科学の振興に大きな役割を担ってきたこともあり、私も含め多くの大学人は、科学は国が支えるものであることに疑いを持たずに来たように思います。しかし科学の振興が国家の重要な政策になったのは歴史上ごく最近のことです。諸外国、特にアメリカでは、大学の運営費に公的資金が占める割合は日本に比べると遥かに低く、民間からの寄付や企業、財団の資金が大きな役割を担っています。また、米国では財団のサポート以外に、個人の寄付も非常に大きな貢献をしています。米国では税制上の違いもありますが、基礎科学を支える文化が根付いている点が、日本と大きな差として現れています。

日本の大学の窮状

日本の大学はこの10年ほど恒常的な運営資金である運営費交付金が毎年削減された結果、大学は大変貧しい状態に陥っています。安定的な講座費が廃止され、全ての研究費や運営資金までがプロジェクト的な競争的な資金となり、大学運営を長期的な計画として進めることが困難になっています。一方競争的資金は競争が激しく、短期間で成果が求められてきた結果、挑戦的な研究や、長期間を要する基礎研究は大変厳しい状況が生まれました。その結果、大学の研究力が低下し、若い世代に深刻な影響を与えています。

第一に、教授、准教授は忙しく会議や大学運営、研究費獲得のための書類書きに追いまくられ、現実に研究時間は確実に減少しています。多くの大学で若手研究者の新規採用が困難な状況となり、正規の職員が減少し、多くの若手のポジションには任期が付きました。この事実は最近Natureにも取り上げられました。5年の任期で、3年目に評価され、4年を過ぎると次の職を探さねばならないことになり、腰を据えた研究は非常に難しくなりました。一流誌に論文を書くことが研究者として確立するために重要な条件となり、研究者は流行の課題に取り組む傾向が助長され、挑 戦的で長期的な基礎研究は避けざるを得ない状況となっています。生物学分野では、1つの准教授、助教の公募に200人ほどの応募があることが常態化しています。このような事態は学生、大学院生に大きな影響を与え、大学と研究者への魅力が減退してきています。その結果、大学院博士課程進学者が減少し、定員に満たないという状況が生まれています。ますます大学の研究力と、若者の研究マインドの低下を招き、次世代の育成、科学の継承を考えると極めて深刻な事態に立ち至っています。

独創的研究の危機

日本では近年効率がより強く求められるようになり、科学研究にも短期間での見返りを求める雰囲気が強くなっています。その研究は何に役立つのかがすぐに問われます。これは基礎研究者にとって痛手となっています。自然科学上のブレークスルーはすぐに役に立つ研究をという発想からは生まれません。むしろパラダイムシフトを引き起こす発見は、思いもよらない、一見何の役に立つのか分からない研究から発することの方が歴史的にも遙かに多いことが明らかです。

研究費の効率的運用が叫ばれ、バラマキを廃止して少数の研究者への集中化が進んできました。その結果、多くの優れた、独創性を秘めた研究者が研究費を取れず研究を進められず、急速に研究の裾野が小さくなっています。尖った高いピークは大きな裾野なしには生まれません。今地方大学の研究環境の劣化は急速に進行しています。

大学と企業との関係 一方、日本の企業と大学の関係は、私の周辺領域では、以前よりも希薄になっているように感じています。グローバル化が叫ばれる中、企業の資金の多くが海外に向けられています。大学では上に述べたような深刻な財政難から企業との連携が叫ばれています。しかし大学における研究の意義が十分吟味されることなく、企業における研究との差別化も図られず、結果的に大学の研究の弱体化を招いています。その結果日本の大学に対する企業の期待が益々小さくなり、共同研究の空洞化が進行しています。いまこそ、大学と企業との連携の新しいシステムが必要となっており、それが双方の研究力強化に必ずや貢献すると考えます。

窮状打破のための第一歩

勿論国の研究教育予算の抜本的な増額が望まれますが、いまの窮状を打ち破るためには、一刻も早い変革の第一歩を踏み出すことが必要です。私は、国や公的機関、財団などの資金では、支援が難しい課題に対して、現場の研究者の目線に立った多様な試みを進めたいと考えています。それは、単なる少数の研究者の支援に留まらず、研究の原点を問い直すきっかけとなると考えています。基礎生命科学が目指す生命の根本原理の解明は、人類の共通の財産として広く共有されるべきものですし、真理に対する感動、飽くなき知的好奇心こそが未来の社会を支える原動力だという認識が拡がることが重要です。したがって、本財団の活動が大きく育てば、現在の萎縮した大学の雰囲気が改善の方向に向かう大きな流れの第一歩になると考えています。日本でより優れた独創的な研究が創出され、若者が研究の楽しさを実感することで、持続的な人材が育つと考えます。それが引いては企業の研究力を高め、知財をも生み出すことになると信じます。また短期間の製品開発をめざす共同研究から脱して、真に有効な大学と企業のより有機的なつながりを強める活動を進めたいと思います。

私は、この間多くの大学人、企業家と議論を重ね、基礎科学を支援する財団の立ち上げを決断致しました。そのためには、多くの現場の研究者の結集と、財団を支える個人、篤志家、企業による支援が不可欠です。また高い見識を持ち公正な判断のできる研究者の結集が必須の条件となります。

本財団は、これまでにない新しい社会実験ですが、日本の現状に危機感を抱き、基礎科学の発展に期待と使命感を抱かれる皆さまのご支援を頂けることを心からお願い致します。